今から6年前、僕がタイに移住した理由

大学を卒業して6ヵ月、あれ、なんで人生ってこんなつまんないんだろうとか、そんなことを考えていた。

 

新卒で入った会社で、拒否権のない飲み会に参加しながら、あぁ、早く帰りたいなあ、とかぼーっとしてたら、

光の速さで平手打ちが飛んできて、痛みを覚えるや否や、「いやお酌しろよ!」という怒号が個室の部屋に鳴り響いた。

「え、なんで」

と反射的に思った。反抗心からではないし、むしろ純粋な、正直な自分のリアクションだった。

お酌をしないといけない理由も、平手打ちされる理由も、みんなが飲み会を楽しんでる理由も、

早く家に帰りたいという人が一人もいないことも、何もかも、わからなかった。

そこから、社会はそんなに甘くないだの、社会人としてあるべき姿だの、そんなんじゃ人生やっていけないだの、

話が始まったのだけれど、自分の意識をその話に向けるエネルギーはもう残っていなくて、僕は本当にこの会社で

あと40年間働かなければいけないのかとか、どうして僕はここにいるんだろうとか、そんなことを考えていた。

 

「聞いてんのかよお前!」という怒号が、もう一度、個室に響く。

 

飲み会が夜中3時頃に終わって、先輩数人が、「もう終電ないから近くのホテル泊まるか~がははは~」とか

言ってるのを見て「え、えー」とか思いながら、思考停止しながら、死んだ魚が海流に流されるように、

先輩の背中に付いていった。先輩が何か言いながら僕の肩をバンバン叩いたけれど、何を言われたかは覚えていない。

ほとんど無表情でホテルのチェックインを済ませ、先輩達とエレベーターに乗り込む。僕の部屋は7階だ。

先輩達が6階で降りる。また明日から宜しくお願いしますとかなんとか事を言っているうちに、

エレベーターのドアが閉まる。やっと自分だけの時間になる。

エレベーターのドアが開き、とぼとぼ歩く。手元にあるカードキーに書いてる部屋番号と、

各部屋に書かれている番号を目で往復しながら、自分の部屋を見つけてドアを開け、ドアを閉める。

静けさが部屋中に染みわたるように広がる。

スーツを脱ぎながら、無表情で涙が流れる。涙を流す理由を考えることも面倒なほど思考停止していて、お風呂に入って寝た。

眠りに落ちる瞬間、え、先輩たち、明日も同じワイシャツで会社行くんかい、とか思いながら。

 

 

振り返れば、小さい頃から理解できないことが多くて、5秒に1回ぐらい「え?」って思いながら生きてた。

小学生の頃、机が曲がってるよ、と先生に言われて、それが、「机をまっすぐにしなさい」という意味だとわからなかった。

「なぜですか」

と聞くと、先生は激高して、「口答えするな」と言った。

なんだかもう、わからなかった。

髪を染めていけない理由も、授業中お菓子を食べていけない理由も、下校時にコンビニに寄っていけない理由も、

何もかも、わからない。その理由を聞くと怒られる理由もわからない。

そんなことを思いながら日常生活を送った。中学校に入って、2年生のある日、先生がプリントを配り始めた。

自分の手元に回って来て、後ろに回してから内容を見ると、市が主催するオーストラリアのパースという

小さな街に2週間ホームステイするプログラムだった。なんとなく、参加したいと思って、家に帰って親に相談した。

 

今思えば、それが僕の人生を変えたんだ。

 

オーストラリアの中学校では、机は碁盤の目の様に並んでいなかった。机の並べ方は自由。座る席も自由。

授業中お菓子を食べても良かった。下校時にコンビニに寄ってもよかった。髪を染めてもよかった。

どんな質問をしてもよかった。何をしても怒られなかった。裸足でスーパーにいっても、誰も何も言わない。

自分の中の世界観という名のガラスが、別の惑星から来たスーパーマンのパンチによって、粉々に壊された気分だった。

あれ・・・?こういう考え方を持って生きてもいいの?

何かの間違いを確かめるように、自分の確信は日に日に増していった。

 

2週間のホームステイ期間が終わり、名残惜しいまま帰国して、「海外ってなんかイイナ~w」とかいうレベルの思考で

英語を猛勉強し始めた。17歳の時、英検準一級を取って、18歳でTOEICは900を超えた。

数学の時間も、国語の時間も、英語を勉強した。先生には「お前はもう英語はやらなくていい」とも言われたけれど、

英語が好きで好きでたまらなくて、とにかく毎日毎日勉強していた。

 

とりあえず海外に行きたい!!

 

と思い、交換留学制度が充実している立命館アジア太平洋大学に進学した。授業は英語で受けられて、

世界中の大学と提携している大学だ。もちろん交換留学制度を利用して、香港理工大学とフィンランドの

ヘルシンキ大学に留学した。香港では所狭しと立ち並ぶ高層ビルに圧倒された。当時スマホが主流ではなかった頃、

香港の若者は日本のガラケーを輸入し、シムロック解除して使っていた。ワンセグ付きの最新のガラケーを持っていた僕は、

香港人から「なんじゃこりゃああああああああああ」とか言われて、ちょっとしたヒーローになった。

あれから10年後、日本の携帯を使う香港人は誰もいなくなったのだけれど。

 

「日本は過労死する人が多いらしいね」

「僕には理解できない。なんのために生きているの?」

「日本は豊かだけど、生産性が低いらしいね。どうして?」

「日本は自分よりも集団が大事とされる社会らしいけど、本当?」

そんな質問をされるうちに、

あれ、

あれ、

あれ、

なんだ、これは、

自分が心の中で思っていた疑問と同じ疑問を、彼らは持っている。

 

なんか、辛くない。

 

純粋に、そう思った。

 

ヘルシンキはフィンランドの首都だ。この国は税金は高いが、大学生にとっては天国の国である。

外国人というだけで月700ユーロの無償奨学金を貰っていた。いいのかフィンランド。ありがとう。

学食も2.5ユーロぐらい、図書館美術館無料、地下鉄も圧倒的な学割で日本とは比べ物にならないほどの安さだった。

普段はシャイなフィンランド人と話をしても、「自分が一番大事」「仕事よりも家族が大事」という、

ごくごく普通の価値観を目のあたりにするとが、僕には新鮮だった。

日本で「自分が一番大事」なんて言ったら、どうなるだろうか?

「仕事よりも家族が大事」なんて言ったら、どうなるだろうか?

「みんなのことを考えて行動しなさい」

「空気を読め」

「相手の気持ちを考えろよ」

「お前は一人で生きているんじゃない」

「いろんな人に支えられて生きているんだ」

「お前のことを思って言っているんだ」

考えるだけで、息が苦しい。

フィンランド留学中の休暇を利用して、いろんな国に行った。そして、いろんな国の人と話した。

そうしていくうちに、

自分は皆と少し違うけれど、間違ってない。

 

そう強く確信した。

だから、新卒で入った会社でどんなことを言われても、

自分が間違っていないという信念は折れることはなかった。

違うだけで、間違ってはいない。

でも、お酌が原因で叩かれたとき、自分の中で糸がそっと、プチンと切れた。

もうここにはいたくない。

自分が生かせるような環境に行こうと思った。

「日本で通用しないやつが海外に言っても無駄」

「日本から逃げるのか」

「お前みたいなやつなんてどこいってもダメ」

辞めると言った途端、いろんな人から攻撃された。

人事部長との面談では、「関わってきた人に申し訳ないという気持ちはないの?」と聞かれた。

 

ないです。他人は僕の人生に責任が持てないから。

 

 

とは言わなかったけど(言わなかったんかい)、心の中でそう思ってた。

この会社の社員としては間違っているけど、一人の人間としては間違ってない。そう確信していた。

その次の月にはスーツケース1つ持って単身タイに飛んでいた。

信じられない程簡単に面接が入り、信じられない程簡単に仕事が決まった。

仕事では「お前は賢い」「お前はおもしろい」「お前は仕事ができる」など、褒められることが増えた。

Youtubeを始めてからは、「本当に面白いね」「だいじろーみたいになりたい」とかそんな夢みたいな言葉をかけられる様になった。

ホッとしたし、生き返った気がした。自分は間違ってなかったと思った。

 

もしかしたら僕みたいに、日本で辛い思いをしている人がいるかもしれない。

そんな人にどうしても伝えたいことがある。

それは、自分が間違ってるなんて思わないでほしいということ。

日本では石の上にも三年やら、とにかく忍耐に厳しい人が多いけれど、

周りの環境のせいにして、その環境から逃げる人生を僕は否定しない。

環境を変えれば、あなたは生き返る。嘘じゃない。

間違っているのはあなたじゃなくて、今いる環境かもしれない。

だって、

魚はどうやっても木には登れないのだから。

 

僕は、どうやら木登りをしている魚だったのだ。

世界にはいろんな人がいて、いろんな社会がある。

自分にあった社会を探そう。

 

ここまで読んでくれてありがとう。

だいじろー

 

 

追伸:

マルコム・マゲリッジというイギリスのジャーナリストが、

「死んだ魚だけが海流に沿って流れていくということを忘れるな」

という言葉を残している。

 

僕も生きているうちは、海流に歯向かってでも、自分の目指す場所へと、力強く泳いでいきたい。

 

36 Responses

  • 僕も同じ経験をしました。
    なんだかんだで新卒で入社した会社に在籍して四年目になります。
    一年目の時には辞めたくて、辞めたくて、でも辞められませんでした。
    でも、今は会社にも慣れて自分らしく働けています。

    だいじろーさんの文章には優しさが溢れてます。
    これからもでいぜろのファンでいたいです。

    • めっちゃ分かる。日本のカルチャーが固すぎてこういう人一杯いるんだろうなって思う。特に何も知らない若い人ほんとかわいそう。クソみたいな経験をしたら会社変えたり住むとこ変えたりどんどん行動したらいいと思う。後悔なんて絶対にない。人生短すぎてクソなことに付き合ってる時間は本当にない。だいじろうさん、応援してます 🙂

    • 仕事終わりに、いつも楽しくユーチューブ拝見しています!
      今日は仕事が休みで1日ゴロゴロできる日なので、次バンコクいつ行こう!そういやついでにデイゼロのHPも見てみよう、のノリでこちらの文章と読ませていただきました。とてもいいですね!なんか色々細かく書きたいけどそしたら長くなって気持ち悪くなるのでやめます笑 いつも応援しています!

  • 誰もがそれぞれ何かを抱えながら生きているんですよね。
    だいじろーさんのバックグラウンドを記事にして頂きありがとうございます。
    私は日本で先生として働いていますが、強いるような教育はしたくありません。子どもたちが感じた、その気持ちを大切にだいじろーさんのように自分を強く持ち、自分で決断し、選択できるようになってほしいですね。英語ができれば人生の選択肢は広がりますし、職場は世界中で見つけられますね。
    でいぜろバンコク、だいじろーさんをこれからも応援しています。

  • 何だか心が洗われますね…(^-^)
    すんごい内容の濃い、深い文でした。
    私はそんな中で楽しくやってしまった部類ですが、この内容、後輩や部下に伝えていきたいと思いました。
    使用許可をください(笑)
    これからも、頑張ってくださいね🎵

  • 『僕は木登りをしている魚だった』に膝を叩いて納得してしまいました。なぜか号泣もしました。
    だいじろうさんは色々な国で日本とは違う経験をされて 自分は間違えていない。ってわかっていたから
    会社を辞めて新たな道を選ぶことができて本当に良かったですね。
    今、生きにくい思いをしている人にも他の道もあるよ!って気づいて欲しいです。

    これからも自分を信じて益々輝いて周りを笑顔にしていって下さい。ずっとお二人を応援していきます。ありがとうございました。心が震える文章でした!

  • ただの面白すぎる人ではなかったんですね
    見聞を広げて、自分で選択する 失敗を恐れず、チャレンジしてみる。
    魚は木に登れない 環境を変え 水の中で泳ぎましょう。
    だいじろう伝序章動画作ってくださいね

  • 私も体質的に、ドメスティックな日本人としてやっていくことや同調圧力に対して違和感を持ってきました。小学校くらいからそうです。これは日本人では珍しいそうで、自分のアイデンティティが壊されそうになり大変な思いをしました。不況が一つの理由だと思いますがいずれにしても国際標準で動く方がいいと思います。昔ではこういう人は中野学校に行ったそうですよ。優秀なんです。世間はみんな所属欲求強くて洗脳されてますからね。

  • インドでもタイでもずーっと、日本のおかしさについて考えています。日本は暮らしやすく死ぬほど便利で何でも正確で清潔な国である反面、電車では子どもには席を譲らず、親のことを誇りに思わず、細かな暗黙のルールに従わない人はすごい非難される。
    だいじろうさんの体験はひとつの答えだと思います。すごく興味深く面白い文章でした。動画もまた楽しみにしてます!

  • 今、僕もなんとか楽しく生きていけるように作戦立ててなんとかやってます
    何というか、今の環境は諦めました、だから自分で何とかしようと思います
    もし、社会人になって直ぐにでいぜろBangkokがあれば、現地採用というのがあるというのを知っていれば、もっと楽だったのかも、、、なんて思います
    この記事を読んで勇気が湧きました、ありがとうございます
    でいぜろBangkok毎回楽しくみています
    これからも楽しませてください
    来月、タイに観光に行きます

  • だいじろーさんのことがよくわかりました。
    前にいらした会社は、何だか一昔前の会社みたいですね。
    時代はどんどん流れているのにね。
    人ってみんな輝ける場所が違うから、それぞれがそれぞれの場所でHappyを見つけて誰かの役に立つことがきっと大事。
    ありきたりだけど、今の自分は1回しかないからね~。。

  • だいじろーさんのことがよくわかりました。
    何だか前にいらした会社は、一昔前のようですね。
    時代はどんどん流れているのにね。
    人ってみんな輝ける場所が違うから、それぞれがそれぞれの場所でHappyを見つけて誰かの役に立つことがきっと大事。
    ありきたりだけど、今の自分は1回しかないから~。。

  • 他人は僕の人生に責任が持てないから。
    この言葉に早く気づいていたら、 自分は壊れることはなかったかもと、感じました。だいじろうさんの言葉、心に届きます。なんだかすごく大好きです。

  • 非常に賛同します。
    僕も中学生くらいの頃から、学校の意味不明な理屈が理解できませんでした。そして中国の上海に一度行きまして、価値観がガラリと変わり、さらには日本人の常識は世界の非常識だとテレビで言ってたのを見ていて、確かにここまで生きてきて日本人の価値観は非常識だと思いました。特に学校教育は戦前の軍人育成プログラムを継承しているのだと確信しています。
    働き方も会社という集団重視、労働時間の長さ重視、意味不明な飲み会というイベントの無意味さ、バイトにおける過剰なサービスの要求、そして低賃金。
    僕のように日本の常識に違和感を感じていたダイジローさんに深く共感し、コメントを投稿しました。

  • 文章にとても引き込まれたので、本書いてみたらどうでしょうか。感慨深くてじっくり読ませていただきました。

    元々の性格もあるのですが、私も英語を勉強し始めたら余計に日本に違和感を感じる事が多くなりました。日本人の友達より外国人の友達の方が多かったからかもしれません。
    海外に出てみたらみたで、自分の日本人らしさを感じることもあるので面白いです。
    まるでどこにも所属してない人みたい。
    このまま立ち止まらず自分の居場所を探し続けたいなと思っています。
    動画内、会社辞めた話で、ハッピーになりたかったと言っていたのを観て、本当にそうだなって思いました。人生のオプションを探し始めました。デイゼロありがとうー!

  • >自分にあった社会を探そう

    ほんとそうですね・・・!
    わたしも昔過労で病みかけてシンガポールに転職して、こんなんでいいんだ・・・って
    だいぶ仕事や生き方の考え方がゆるくなりました(^o^)

    色んな考えや生き方があること、日本で生きにくさを感じてる人に届けばいいなと思いました。
    応援しています🌟

  • すごく素直な文章で心にすっと入ってきました。新社会人の時の自分と重なり胸が苦しくなりました。みんなどこかで自分を殺しながら騙しながら生活しているんですよね。

    ご家族にも感謝ですね👍私もそういう親でありたいし、子供にも自分らしくいてほしいです。ぜひ子供に読ませたいです。そして私も海外に行ってみたくなりました。

  • 私も同じ経験ばかりです。
    今の仕事20年ギリギリやってきてしまいましたが、あと20年あるのかと思うとゾッとします。

    協調性と言う名の押し付けにはウンザリしますよね

  • 素敵です。私も頑張ります。ありがとうございます。

    いつも元気と勇気もらってます☺︎

  • 貴方の考えは一度海外を経験したからその様な思考が働いたと感じます。
    私は今では77歳ですが、1945年の終戦で台湾から家族で引き揚げて来た者です。
    背中にリユックサックと水筒を下げ、一番良い物を着て、一番良い靴を履いて
    日本に帰国しましたが、私の原点はその台湾からの引き揚で困窮して、空腹を
    体験し、終戦後の混乱を見て、心に刻んだことはこんな日本には住みたくない
    と言う事でした。
    今までに地球を2回歩き回り、1964年にパラグワイに農業移民として移住して、アル
    ゼンチン、アメリカと3か国で永住権を取り、今ではアメリカに帰化して20年近
    くになります。アメリカ滞在も42年近くなり、墓も造り、このサンフランシスコ
    郊外で骨を埋める事を決めています。今でもインターネットのFBで、『どこに
    海外移住か、国内転住はどこにするか研究しましょう』とか主催者をしています。
    情熱は今でも30歳と感じます。
    これからは貴方の人生を有意義に使い、人に為、祖国日本の為に少しだけでも時間を
    使い、この世に生きた証を残して下さい。
    ちなみに、私はアメリカで35年近く、ミヨウガの苗を無料で配り、アメリカに日本の
    ミョウガを広げました。移住活動も今のこの歳でも続けています。

  • そんな過去があったんですね。
    そのエピソードから勝手な推測ですが日本企業に就職したのだと思いますが、
    それだけ学生時代に英語の勉強に力を入れていたのなら外資系企業への就職は考えなかったのですか?
    私は就職活動中に日本企業の説明会で自分には合わないと早々に判断して外資のみ活動しました。

    あとタイに移住するときに日系企業に就職するときにまた同じような経験をするんじゃないかという不安はなかったのですか?
    タイの日系企業もほとんどが日本人従業員で構成されていると思うのですが。

    何れにせよ今タイ生活を楽しんで、多くの人を楽しませているのでタイで生き返りましたね。

  • 動画いつも楽しく拝見してます。
    お二人に触発されて、タイ旅行にも行ってきました。
    そして、タクシー運転手と友達になりました(笑)

    だいじろーさんは、いい言葉知ってますよね。動画の中でも、面倒くさいモードの時にちょこちょこいい言葉だなぁって感じることあります。

    ぜひ、この世界で成功して、こういう生き方だってあるんだというお手本になってほしいです。

    もっといろんな人に知ってもらえるように、私も微力ながら応援させてもらいます。

  • 海外に出る、と言う事は相当な覚悟がいる、まずは1歩踏み出した訳ですが海外(タイ含)では逆に日本ではあり得ない沢山の苦労が待っている、自分の一生だから好き勝手にやるのは正しい選択、しかし両親だってドンドン歳をとる、日本の環境が受け入れられないから海外に出る、しかし日本でやれない人は海外でもやれないケースが多いのも事実、私が言える事は、この方に是非タイで一旗揚げてください、ですかね🙏🙇

  • 私は違う時代の人間ですが、よく理解出来ます。現在、62歳ですが、1975年19歳でアメリカに渡り、55歳まで
    サンフランシスコとニューヨークに住んでいました。2009年にはアメリカの市民権も取りました。7年前に仕事の関係で日本(東京)
    に来て、この3〜4年は故郷の京都で母親の介護をしています。やがて親が死んだらアメリカに戻った上で、もう少しゆったり出来る所
    (ハワイやカナダなど)に移るでしょう。アメリカには足掛け36年いましたが日本のサラリーマン生活その他に擦り切れることなく
    なおかつ刺激的な日々を経験できて本当に良かったと心から思います。とにかく日本のアホなサラリーマン社会をのがれたおかげか、
    62になった今もすこぶる健康です。

    私が若い頃には東南アジアは遅れていましたが、今ではそうじゃない。タイに限らない、きっと君を受け入れる国や環境は
    ある筈。南米や東欧もあるし(私の時代には東欧に行けなかった)他にも色んな可能性があると思います。
    とにかく2020東京オリンピック以降はいよいよ日本の凋落に拍車がかかるから、出来ればそれ以前に出た方が良いかな?

    日本にこだわることはありません! 若いみなさん、広い世界を目指してください。

  • デイゼロバンコクを偶然you tubeで見つけ、毎日楽しく拝見させていただいています。
    20年ぶりで、来月、タイに一人旅する事にしました。
    デイゼロバンコクは、これからが勝負ですね。
    お二人のご活躍を期待しています。

  • 外国で生活していきたい。

    誰しも憧れを抱くこと。

    そんな自分もそう。

    でも、それを実行できる行動力はナシ。

    だって、規定のレールから外れるというのはどれだけ勇気がいることか。
    親、給料、世間体、病気、将来…

    短期間旅行するのなら楽しい一面ばっかり。でもそれが長い間となれば困難に立ち向かうパワーも必要。

    自分には成し得なかったチャレンジ精神旺盛なでいぜろバンコクのおふたりの動画をみて日々元気をもらっています!

  • 最後まで読んでワクワクしました!
    自分も新卒で入った会社を辞めた時周りから3年続かないなら何やってもダメとかもうちょっと頑張ればとか言われましたが、思うのが自分の人生なわけで誰も責任が取れないわけじゃないですか。
    それからよく考えて人生悔いのないように好きに生きようって決めました。
    最近周りからは、行動力があるねと言われてきました現場からは以上です。

  • 私も海外に行って考えが変わりました。
    日本は安全で料理も美味しい良い国ですが、息苦しいです。海外に行って自由を肌で感じることができました。英語は全然出来ませんが、その苦を上回る幸を感じました。
    人生一度きり。どうせなら自分の好きに生きたって良いじゃないか。自分の人生だもの。
    自分の人生の責任を取れるのは自分だけですもんね笑

  • この記事を読んで、つい涙が出そうになってしまった。
    他人は僕の人生に責任が持てないから。
    本当にその通りだと思った。
    youtubeの面白い投稿楽しみです、
    これからも2人のこと応援してます!

  • この記事を読んだあと、だいじろうさんがいつも言う「そんなことはね…どうでもいいんですよ!」って言葉がとても意味深く聞こえるようになりました笑。
    どうでもいい事に真面目な顔してこだわってる大人が日本には多すぎですね。
    これからも頑張って下さい。応援してます!

  • つい最近でいぜろさんを知ってYouTubeで動画を拝見してましたが、こちらを読んで本当に羨ましくなりました。私も新卒から入った会社や社会で色々な疑問を抱き、でも疑問を呈せば「面倒な奴」という目で見られてきました。私なりにより体制を良くしたいとの提案も「郷に従え」の上司や周囲に理解も得られず、転職した先の2社も結局同じでした。全てにおいて理不尽に耐え我慢して、自分を殺していくのが社会なのかと。数年踏ん張り、結局正社員が嫌になり派遣として自由に生きれば、周囲からは「将来の事を考え正社員になりなさい」。30歳を越え、結婚もしない私に親の心配もひとしおになった今年、タイミングよくきたヘッドハントを受け、また正社員になりました。馬車馬のように働いてます。しかし息苦しさにふと我に返り、これで良かったのだろうかと今も思います。今の仕事を投げ出すまいとは思っています、けれど仕事に埋没するような人生は嫌だと思ってます。私らしい立ち位置は何処なのか、今もまだ分かりません。けれど周りと同じ、死んだ魚になりたくない。私らしく生きられる道を今後も模索して行きたいと思います。これからも応援してます。

  • 私もバンコクに駐在していました。マイペンライな国ではあるけど、なんか心地よい場所でした。また、住みたいです。

  • 偶然、二人のYoutube見て、ここまで来ました。
    どんな人かなぁと思い、読んみだら共感できるところが多かったです。
    応援します。その一環としてでいぜろバンコクに登録しますよ。^^

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